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牛と取引きされた朝顔の種
朝顔が観賞用となったのは江戸時代になってからのこと。七夕の頃に花咲かす様子は、彦星と織姫の年に一度の逢瀬が叶ったことを表す縁起の良いものとされ、江戸庶民のあいだで鉢植えが流行しました。平安時代、遣唐使によって日本に伝えられた頃に珍重されたのは、花ではなく種の方でした。
中国での名前は牽牛花(けんぎゅうか)。種は牽牛子(けんごし)と呼び、貴重な漢方薬(緩下剤)として重用されていたのです。種をもらったひとは、お礼に牛車いっぱいの品を届けたとか、あるいは、あの小さな種と牛一頭を取引したとか。そんな古事に因んだネーミングです。よっしゃ!朝顔の種を持って肉屋へいくぞ!とお考えの皆様。残念ながら、牛肉との交換は難しいと思われます。あしからず。 |