その13 手術、結婚、母

3月は天候が荒れた。梅のつぼみに春の到来を感じたと思えば、季節外れの雪の花が舞い、今年の青春は何かおかしい。その中で、順風満帆とはいかないまでも中野司朗レディースクリニックも何とか開院に軟着陸をはたした。今はまだ1勤務帯に10人程度の患者さんで、ゆっくり時間をかけて話せることが嬉しい。 スタッフも仕事に慣れるまでにはもう少しかかりそうだが、全人的医療を理念に掲げる当クリニックにふさわしい人材が集まってくれたと、密かに喜んでいる。

開院して10日ほどたったある日、嬉しい顔に出会えた。かつて勤務した済生会病院で卵巣がんの手術をしたKさんである。当時、独身だったKさんは初期の卵巣がんで、片方の卵巣を摘出している。その後結婚されて性が変わり、第一子を帝王切開で出産され、この際も執刀させていただいた。その後も定期的に検診に通ってこられたのだが、開院早々新クリニックへ来院された。

丸顔で笑顔の飛びぬけたKさんが診察室に入るなり、いきなり瞳が涙であふれる。一体何があったのか。
「ごめんなさい。先生の顔をみたら急に安心して涙が出てしまいました。」
事情を聞くと、昨年第二子を出産されたが、予期せぬG21トリソミー(ダウン症)であったとのこと。幸い先天性の心臓奇形などの合併症はなかったが、日々気を張った毎日を送り、心労されている様子。

彼女の独身時代から約10年近くの人生に関わった。かつて結婚を夢見た人形のような笑顔の少女から、結婚。嬉しそうにご主人となる方の写真を見せてくれた彼女。そして妊娠。卵巣がんを心配しながら、愛らしい赤子をその手に抱き、母の強さの片鱗を除かせた彼女。幸せな結婚人生に、大きな不安を抱くこととなった第二子出産。

人の人生とは正に塞翁が馬。私たちひとりひとりの人生の主役はもちろん私たち自身である。その刹那刹那に幸や不幸を感じながら一瞬を駆け抜ける。私たちの真実は、後の人生でゆっくりと解釈を紐解く。私にとっても、彼女にとっても、それぞれの人生の解釈をどうつけてゆくのかは、自分次第である。産婦人科を長らくやっていると、大きな人生のドラマに出会うことがあるが、フィクションではない人間ドラマを目にする度、そしてその主役が身近な方であればあるほど心からのエールを叫びたくなる。私たちは様々な課題を与えられた人生を乗り越えてゆくが、険しい坂道を越えれば峠の向こうには素晴らしい絶景が待っているに違いない。今後の彼女の人生と、新しく芽生えた命が、無事に坂道を乗り越え、大きく展望が開けることを心から願ってやまない。

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